てっちゃん(宮崎哲弥氏)が語る『ナショナリズム』その2
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■前回(てっちゃん(宮崎哲弥氏)が語る『ナショナリズム』その1)の続きです。

■てっちゃんは世に蔓延る俗説を批判する。
日本の言論界やジャーナリズム界では、なおナショナリズムを忌避する雰囲気が強い。「ナショナリズムは病だ」という極論すら通用している。

■「ナショナリズムは病だ」との極論を主張しているのは姜尚中氏である。
彼は共著『愛国心』(講談社)で、こう言っている。
僕は、ナショナリズムというのは基本的にだと思っているのです。
どんな人間でもかかる病気なわけです。

■てっちゃんはこれに反駁を加える。
だが、ルワンダのみならず、アフガニスタンイラクの現況を見渡してみても明らかなように、国内の紛争や混乱は「ナショナリズムの過剰」によってではなく、むしろ「ナショナリズムの欠乏」によって引き起こされている。
民主的な政治秩序の構築、飢餓や疫病に対する迅速な対処、基本制度やインフラの整備には、ナショナリズムという心的資源が不可欠なのだ。

ところがこれらの国々では、部族への帰属や宗派への信徒が国家に対する忠誠よりも優先されがちである。
「私はこの国の国民に他ならず、この国の有様に責任を負う」というアイデンティティとロイアルティの希薄さが、国家の民主的運営を困難にし、政府を機能不全に陥れ、結果として国民や各中間集団の利益を損ねてしまっている。

本当に「ナショナリズムは病気」と断定できるのだろうか。
国家機構の正常な運営には欠くべからざる資源と考えることが適切ではないのか。

■全くてっちゃんの言うとおりである。
イラクにしても、シーア派、スンニ派、クルド人といった勢力がそれぞれの共同体の思惑を優先させて行動しているがために、未だに混乱が続いているのではないだろうか。

■イラク人の多くが、ルワンダで襲われた少女たちのように「自分達はただイラク人である」との思いを抱くようになれば、事態の混乱は収束に向かうであろう。
「自分達はただイラク人である」とのナショナリズムが、各共同体の共生への動機付けとなるのである。

つづく
てっちゃん(宮崎哲弥氏)が語る『ナショナリズム』3

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by asatte_no_houkou | 2005-06-14 01:04 | 国家・ナショナリズム・愛国心
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