【自民党総務会】ムラ原理を排し、質の高い政治的決定を!
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■自民党に総務会というものがあります。
党の政策を決定をするところです。
この総務会。
全会一致、すなわち全員一致が慣例だそうです。

■全員一致、読んで字のごとく、みんなの意見が一致すること。
おとっちゃんも、おっかさんも、にいちゃんも、ねえちゃんも意見が一致することです。

■では全員一致とは反対の意思決定方式はなんだろうか。
それは多数決ですね。
多数決では、必ずしも意見の一致を見ることはありません。
多数派と少数派に分かれるのが通常でしょう。

■実はというと、総務会などの会議体における意思決定方式の原則的形態は多数決なんです。
全員一致なんてものは例外的形態。
それはなぜでしょうか。
全員一致では、その集団の目的を達成するための、質の高い政治的決定ができないからです。

■全員一致というのは、ムラ社会での意思決定方式です。
全員一致を求めるというのは、つまりその決定に特定の誰かが主導権を発揮するのを嫌い、特定の誰かが責任を負うのを嫌うことだからです。
ムラ社会では誰かが主導権を握ったり、責任を負ったりすることを嫌う性質を有するのですね。

■ムラ社会ではムラを維持することそれ自体が目的になります。
それゆえ、ムラという共同体の結束が求められます。
である以上、意見の対立は望ましくない。
多数決なんてして、多数派と少数派なんて作ってムラ内部を分けるなんてことをしたくありません。
だって、結束が乱れるじゃん。

■この点について小沢一郎さんはこう言っています。
日本の社会は、多数決ではなく全会一致を尊ぶ社会である。
全員が賛成して事が決まる。
逆に言えば、一人でも反対があれば、事が決まらない。

こういう社会ではあくまで自分の意見を主張するとどうなるか。
事が決められず、社会は混乱してしまう。
社会の混乱を防ぐには、個人の意見は差し控え、全体の空気に同調しなければならない。
同調しないものは村八分にして抑えつけられる。
その代わり、個人の生活や安全はムラ全体が保障する。
社会は個人を規制し、規制に従う個人は生活と安全が保障される、という関係だった。

個人は集団への自己埋没の代償として、生活と安全を集団から保証されてきたといえる。
それが、いわば、日本型民主主義の社会なのである。
そこには、自己責任の考え方は成立する余地がなかった。
日本で社会と個人のこういう関係が成り立ってきたのは、一部の例外を除いて外部との交渉の歴史を持たない同質社会だったからだ。

その社会を変革しようとしたのが明治時代だった。
この時代に、日本は初めて門戸を開いた。
欧米型の民主主義の理念も初めて導入した。

しかし、大正から昭和に入るや、政党政治の終焉と軍部の台頭という流れの中で、日本は再び同質社会特有の独善的な発想に陥った。
この傾向は敗戦後も、冷戦構造の下で温存され、今日に至った。

しかし、いまや時代は変わった。
日本型民主主義では内外の変化に対応できなくなった。
今さら鎖国はできない以上、政治、経済、社会のあり方や国民の意識を変革し、世界に通用するものにしなければならない。(小沢一郎著『日本改造計画』講談社)

■さて自民党の総務会ですが、全員一致を慣例としていました。
これはつまり自民党がムラ原理で動いていることの証しです。
事前に族議員が根回しをして、派閥同士が裏で取引をして、総務会で全員一致でまとまります。
そこでは議論は形式的にしかなされません。
まさにムラ社会です。
ムラ社会はムラを維持することそれ自体が目的になる。
自民党は党を維持することそれ自体が目的になっていたのです。

■政党の目的はなんだろうか。
国民の意思を統合して媒介し政治に反映させる。
そして国民の利益を実現することではないでしょうか。
にもかかわらず、国民益なんてそっちのけで、党を維持することそれ自体が党の目的になっていただなんて。
(もちろん、これは自民党だけではないと思うが)

■今回総務会は全員一致方式を排し、多数決で意思決定をしました。
(もっとも、修正された民営化法案はますます骨抜きになったようだが・・・)
今回の一件がムラ原理からの脱却の第一歩になることを強く望みます。

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by asatte_no_houkou | 2005-06-30 01:55 | 政治・経済に一言
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