ホリエモンは『日本のクリント・イーストウッド』だった!
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産経抄 平成17(2005)年8月22日[月]
本紙文化面の「断」で評論家の宮崎哲弥氏は堀江氏について、国家権力を最小化し、「社会の粗方(あらかた)の機能を自由市場のメカニズムに委ねようという思想」の持ち主であり、その出馬が持つ「政治的、思想的意味は限りなく大きい」と述べている。

■「広島6区で、しずかちゃんと選挙戦を争っているライブドアホリエモンリバータリアンだった!」と、このまま金曜7時にテレビ朝日で放送しても何ら違和感が無い展開になっていますね。

■おそらく、このリバータリアンの意味をあまりご存じない方が多いと思います。
僕もあんまり知りません。
ですので、ここで簡単にわかりやすくまとめてみようと思います。
わかりやすく書きますので、どうぞ参考にしてみてください。



■リバータリアンとは、強固な個人主義的自由主義者のことです。
自由至上主義者とも言われますね。
政府が国民の生活に介入するのをできる限り防ごうとする、つまり「自分のことは自分でやるから、ほっとけ!」という考えの人々のことです。

■ではいったいぜんたい、リバータリアンとは具体的にどのような人間像なのでしょうか。
私たち日本人にわかりやすく体現してくれているのは、アメリカの俳優であるクリント・イーストウッドです。
最近では映画監督もされていますね。
今年、『ミリオンダラーベイビー』でアカデミー賞を受賞しました。
多才な方です。

■彼の代表作は『ダーティー・ハリー』
凶悪犯罪者を追い詰めて、最後にゃマグナム44で撃ち殺すという映画ですね。
カウボーイの現代版のような作品です。
カウボーイ精神
これこそがリバータリアンなんです。

■副島隆彦さんの文章を引用しますと、
「この人たちは、突き詰めると、他人との交渉を絶って山中の小屋でたった一人で、あるいは家族だけで生きていきたいという、強固な絶対的個人主義願望を持つ。共同体(コミュニティ)に対して、ほんのわずかでも自分の方が譲歩したり、他の人々が決めたおきて(ルール)に従わされたりするのが嫌で嫌でたまらないのだ。」
「クリント・イーストウッドは俳優業のかたわら、カリフォルニア州のカーメルの市長を2期4年務めた。
カーメル市はハリウッドから近いところにある、開拓時代の街並みで知られた観光の名所だが、彼はそこにレストランを持っていた。
このレストラン経営に対して、市当局が行政上の規制を盾にとってあれこれと規制を加えた。
クリント・イーストウッドにしてみれば、「そんなにあれこれ規制されたんじゃ、とても商売にならない。それではアンタイ・ビジネス(金もうけ活動そのものの否定)じゃないか」と言うことで、自ら市長選挙に立候補して市長に当選してしまった。
70年代末のことである。」

■何だかホリエモンとクリント・イーストウッドって似ているね。顔と体型は全く違うけど。
ホリエモンもクリント・イーストウッドと同じく、商売をしていて規制にぶち当たった。
そこで「俺が規制を無くしたるどぉー!」と考えて立候補を決意したんでしょ。

■プロ野球新規参入やニッポン放送買収騒動での失敗の原因は、日本に張り巡らされた「おきて」にあると感じた。携帯電話事業への参入も阻まれましたね。
そこで彼は、日本に張り巡らされた規制を撤廃するために政界入りを決意したのだと思います(売名の側面もあるかな)。
たぶん。

■ナ・ナント!ホリエモンは「日本のクリント・イーストウッド」だったのだ!
なんて言えば、何だか「ホリエモンって、かっこいい!」てな感じになりそうですが、リバータリアンの意味をつぶさに検討してみますと、「おいおい!これでいいのかよ!」とも考えてしまいます。

■ざっとリバータリアンの特徴を箇条書きにします。
1、経済を徹底的に重視し、政治を軽視する。
2、アナーキズム(一切の政治的、社会的権力を否定して、個人の完全な自由と独立を望む考え方)と紙一重である。国家は、外交と国防と犯罪取締りだけを最小限に行えばいいと考える。
3、あらゆる国と同盟条約を結ぶことを嫌い、警戒心を持つ。
4、集団や政党を作ること自体を嫌う。
5、個人生活に国家が干渉することに反対する。
6、反税金。
7、それ故に反福祉国家論。「自分のことは自分でやれ!」と、あらゆる社会福祉政策に反対する。弱者に冷たい。
8、反軍備拡張。軍備の海外派遣・駐留にも反対。敵が攻めてきたら、自分を守るために自分のライフル銃で闘う。全米ライフル協会はこの思想。

■リバータリアンってのは、政府による規制にとにかく反対しますし、政府が税金を取ることにも反発する人たちなんですね。
ですから、当然に福祉政策なんてものは反対です。

小泉自民党の経済政策(ネオ・リベラリズム)はまさにこれです。
「弱者は支援をするからつけあがる。弱者は自業自得だ。おめいら弱者は地獄を見ろ!」
こういった思想です。
この政策では、ほんの少数の「強者」「勝ち組」と、大多数の「弱者」「負け組」を生み、それが固定化してしまいます。
こういう社会では、「弱者」はやり直しを出来ません。

■そりゃもちろん、単なる怠け者に対する支援などは必要ないのかもしれない。
その点では「自業自得だ」は、正しい側面もある。
単なる怠け者への支援、すなわち「弱者利権」などには直ちにメスを入れるべきです。

■しかし世の中には、必ずしもそうではない場合、つまり単なる怠け者で「弱者」になったとはいえない場合もあるのです。
ヤル気はあるのだが、思わぬ失敗をしてしまってにっちもさっちも行かない場合もあります。
やり直しをしたいという意欲がある人については、もう一度やり直しの機会を与えるべきです。

■私は、ヤル気のある人は失敗をしてもやり直しの出来る社会、平等に機会が保障された社会、同じスタートラインから何度もチャレンジできる社会、「強者」の既得権益が固定されない社会・・・
こういう社会の方がいいと思います。

■私は、リバータリアンの方々を支持できません。
ホリエモンを支持できません。
小泉自民党を支持できません。

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by asatte_no_houkou | 2005-09-02 20:21 | 政治・経済に一言
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