【道頓堀】飛び込みをしたい奴は勝手に飛び込めばいい。
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■昭和60年、阪神タイガースが優勝した。
歓喜に沸く一部ファンが戎橋から道頓堀に飛び込み、喜びを体いっぱいで表現した。
それ以来、このようなパフォーマンスをする輩が続出。
阪神優勝時のみならずサッカー日本代表が勝利したときにも出現するようになった。

怪我人が続出、死者も出た。
今回、業を煮やした警察が飛び込みを禁止するべく警備を強化。
飛び込み禁止のフェンスまでもが登場した。
新聞報道によると、今回の阪神優勝では、道頓堀に飛び込む者はほとんどいなかったようだ。




■中には、飛び込む若者を「大阪の恥」と非難し、今回の警察の対応を評価する人もいる。
なるほど商店の看板や人形を壊したりする行為は言語道断であり、許されるものではないだろう。
この行為は器物損壊罪というれっきとした犯罪である。
他人の財物を損壊する行為に対して警察は断固とした措置を採るべきである。

■しかし道頓堀への飛び込みはどうであろう。
誰かに迷惑をかける行為なのだろうか?
そりゃ、ズブ濡れの体のままで飲食店に立ち入り、周りの客に対して迷惑をかけることは絶対にするべきではない。
飲食物を取り扱う店としては大変に迷惑な行為である。

■しかしそれは個別の対応で済む。
全面的に飛び込みを禁止するべきほどの問題ではない。

■飛び込みは祭りなのである。
日常を忘れ、非日常的な空間を楽しむ祭りなのである。
日本は豊かになり、そして都市化が進み、共同体が空洞化していった。
その中において、意味のないことで人が集まり、同じ時間を直接的な形で体験しようとする。

■わざわざ汚い川に飛び込んでズブ濡れになることには何の意味もない。
しかし彼らはあえて川に飛び込み濃密な時間を共有しようとする。
これは価値観が多様化して共同体が空洞化する現代社会において、賢く生きる知恵なのではなかろうか。

■例えば岸和田のだんじり
毎年、多くの怪我人が出て、しかも死者が出る。
電信柱や商店の屋根などが壊されることが頻発。
大変危険な祭りである。
しかし、「祭りを止めろ!」などと苦情を言う人はいない。
祭りの意味を多くの人が認識しているからではないだろうか。

■川の中には大腸菌が溢れかえり、飛び込めば体に害を与える結果になる。
しかしそれは自己責任である。
本人がそれで良いと考えるのなら、好きにさせればいい。
「大阪の恥」などと罵り、目くじらを立てるほどのことではない。

■結局、飛込みを非難している輩は、罵ることで、既存の秩序の崩壊に伴う疎外感から生じる寂しさの埋め合わせしているだけではないだろうか。

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by asatte_no_houkou | 2005-09-30 18:00 | 社会の時間
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