「ほっ」と。キャンペーン
【女系天皇問題】皇室を支える「異質」な原理
a0029616_291312.jpg

■11月6日に放送された「たかじんのそこまで言って委員会」で、女性・女系天皇問題が取り上げられていました。
その中でパネラーの一人である、てっちゃん(評論家の宮崎哲弥氏)が「天皇制は『差別の体系』である」と発言されました。

■この発言はとても重要なものだと思います。
ですので、今回はこれを取り上げたいと思います。
まずは番組での、てっちゃんとデーブ・スペクター氏とのやり取りをご覧ください。
「ぼやきくっくり」さんからの引用です。
 まずはありがちの「女性が天皇になれないのは差別だ」論をデーブが出してきました。「男性上位でおかしい」と。
 それに対して宮崎さんが「何がいけない?」。デーブは唖然。
 宮崎さん曰く、「天皇制は『差別の体系』ですよ。当たり前じゃないですか。『差別の体系』の中での問題でしょ?」 
 デーブに「何で認めるの?」と反撃されるも、宮崎さんは堂々と「じゃあ天皇制自体を否定することになるじゃないですか」。GJ!(≧▽≦)

■「天皇は差別の体系」。
これはどういう意味でしょうか。
これは要するに、皇室を支えている原理と、私たち一般の国民を支えている原理との間には、融合し得ない異質なものがあるという意味です。
では、どのような原理なのでしょうか。

■私たち一般の国民を支えている原理とは、民主制の原理です。
別の言い方をすれば、平等の原理
平等とは、立場の入れ替え可能性のことです。
つまり、君が僕の立場に立たされても我慢することができる、ということ。
もし立場が入れ替わったら我慢できないというのなら、平等ではないということになります。

■この考え方が、私たち一般の国民を支えている原理です。
憲法14条に保障されている「法の下の平等」のことですね。
近代民主主義社会は、この平等の原理を基礎とします。

■現行憲法は近代民主主義憲法です。
なので、憲法は、法の下の平等を保障する。
しかしそれは貫徹されていません(「飛び地」がある)。
皇室の存在があるからです。
皇室を支えている原理は、一般国民を支えている原理とは全く異なります。
それは何か。

世襲の原理です。
世襲とは、正統な血筋の子孫が代々受け継いでいくことですね。
この世襲の原理。
これは差別的・非近代的な原理です。
近代における平等の原理とは全く融合し得ない異質なものです。

平等の原理←――→世襲の原理

■このことは天皇陛下に人権があるのか、という議論と関係してきます。
繰り返しますが、皇室は一般の国民と違って世襲の原理で支えられています。
天皇陛下には現行法上様々な特権がある。
制約もいろいろとある。
職業選択の自由がなかったり、居住移転の自由がなかったり、婚姻の自由がなかったり・・・

■「法の下の平等」は合理的な差別を許容します。
差別があっても、それが合理的であれば許されるのです。
しかし皇位の世襲制や、特権、制約はこの「合理的な差別」で到底説明できません。
合理的差別論の射程を超えている。
「平等」の枠外と考えるべきです。

■一般の国民はどう頑張っても天皇陛下になれない。
ネットビジネスで金儲けして大金を掴もうとも、選挙で大勝して強大な権力を握ろうとも、天皇陛下にはなれません。
どう頑張っても、あなたは天皇になれない。
もちろん僕も天皇になれない。

■憲法が言う、平等が保障された「国民」とは、「立場の入れ替え可能な範囲」全体です。
ところが天皇陛下は、その「立場の入れ替え可能な範囲」には含まれない。
だって、そもそも私たちは天皇陛下になれないんだもん。
これはどういうことかと言うと、天皇陛下は、憲法上人権を享有できる主体である「国民」ではないということです。
ナ、ナント!天皇陛下には、憲法上人権が保障されていないのです(憲法の「枠外」の事象と考える)。

■最近、ニュースを見ていると、「憲法上、男女平等とされているのだから、女系天皇を認めるべきだよ」との意見を耳にします。
デーブ・スペクターも「女性が天皇になれないのは差別だ」と言いました。

■でも、これはおかしいですよね。
だって、皇室は一般国民を支えている平等原理とは全く異なる、世襲の原理によって支えられているのだから。
つまり天皇制は「差別の体系」なのだから。
「男女平等」の考え方は「男系男子」を否定する根拠にはならないのです。

この記事が面白かった/興味深かったと思った方は→人気blogランキングへ
[PR]
by asatte_no_houkou | 2005-11-08 02:38 | 国家・ナショナリズム・愛国心
<< 『憲法改正をめぐる言論マップ』... 【アメリカ産牛肉】拙速な輸入再... >>