「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」
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民主党の小沢一郎代表は10日、代表就任を受け党本部で毎日新聞のインタビューに応じ、・・・省略・・・A級戦犯については「日本人に対し、捕虜になるなら死ねと言ったのに、自分たちは生きて捕虜になった。筋道が通らない。戦死者でもなく、靖国神社に祭られる資格がない」との認識を明らかにした。

戦陣訓
これには
「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すなかれ」
とある。
これは要するに・・・



これは要するに、捕虜となった者に対しての、自殺の強要である。
実質的な「死刑宣告」である。
結果、多くの方々が「死刑」にされた(しかし、「エリート」で「主流に立つ人」にはこの戦陣訓は適用されなかった)。

■本来、捕虜になることは軍人の権利であって、恥となることではない
国際法上認められた軍人の特権である。
欧米ではもちろん日本においても(例えば、日清・日露戦争)、捕虜は一般的に恥ではなく、軍法違反でもなかった。

■ところがである。
第一次上海事変から事態が急変。
東条英機陸軍大臣が戦陣訓を公布した。

■なぜか。
軍の上層部が腐朽官僚制の様相を呈し、国民の信頼が衰えた。
だから、自分たちの威信失墜を棚に上げて、何とかして軍の規律、ひいては国の空気を引き締めなければならなくなったのだ。
(小室直樹著『日本の敗因』)

(管理人注)
腐朽官僚制とは、官僚システムの根本が腐蝕しボロボロになって、期待(要請)された機能と正反対の機能をするようになってしまった状態のことをいう。

■これにより、捕虜になることは、実質的に「死刑」となった。
そもそも軍隊の目的は、戦争に勝つことである。
戦争に勝って国益を確保することにある。
決して死ぬことが目的ではない。

■なのに、多くの捕虜が実質的に「死刑」にされた。
無駄死にを強いられた。
「軍共同体」なるものの組織維持のために。

日本を敗戦に導いた最大の要因は、軍部すなわち「軍隊一家」とも言うべき共同体の要請が、全てに優先し、国民はその要請に対応すべき存在とされてしまったことである。
簡単に言えば、軍共同体維持のため、機能集団としての軍隊が機能するという状態である。
(山本七平著『日本資本主義の精神』)

(管理人注)
本来、軍隊は、戦争に勝利し国益を確保するための「機能集団(ファンクショナル・グループ)」にすぎません。しかし日本軍は、「共同体(コミューン)」になってしまっていた。そのため、国益よりも組織の維持が優先されてしまいました。

■首相の靖国参拝に賛成の立場を表明している、精神科医の小田晋氏はこのように言っている。
【東條への違和感】
外国からの干渉によって一国の首相が神社参拝を取りやめればそれは屈辱的と見られてもやむを得ないと思われます。

しかし、靖国神社の祭神、特に東条英機元首相については、中朝韓からの非難とは別に日本国民としての違和感を持っている者がいるのはやむを得ません。
国際法の常識に反した『戦陣訓』を制定して捕虜となることを厳禁し、その結果サイパンや沖縄では非戦闘員までも巻き込んだ悲劇を招いていながら自分は旧敵国に捕らえられて囚人となった人物を神として拝めということは困難と考えてはいけないでしょうか。

反日暴動でわかったことは、意外なことに中国の首都警察のライオット・ポリスとしての手際や士気が高くないことで、「中華人民共和国」政府は案外脆い下半身を曝したことになります。
(『文藝春秋』2005年7月号)

■全く同感である。
大東亜戦争は、マッカーサーの言うとおり「自衛戦争」の側面もあった。
結果として、アジアを欧米列強から解放へと向かわせた。
東京裁判は、戦勝国による一方的な報復であり、国際法上違法なものである。

■しかし、である。
東条英機が公布した戦陣訓により多くの命が失われた(無駄死に)ことを、今後の教訓として私たちは決して忘れるわけにはいかない。
そして政治家の責任の重さを。
今回の小沢一郎の発言を聞いて、改めて思った。

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by asatte_no_houkou | 2006-04-12 00:38 | 歴史を考える
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