「どこにでもある街」なんて、つまらないと思いませんか?
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■7月22日の読売新聞夕刊大阪版を読んでいると、興味深い記事を発見しました。

「長屋 好きやねん」 大阪・飲食店などに活用 若い世代集う
大阪の街中に残る戦前の木造長屋などの古民家を改修し、飲食店などに活用する動きが広がっている。
郷愁を誘うレトロなたたずまいに惹かれて集うのは、豊かな時代に生まれ育った若い世代。
「隠れ家みたい」「ほっとする」と魅力を口々に語る。
隣家と軒を連ねる長屋暮らしへの憧れから、都心のマンションから移り住む家族も。
都心回帰現象で高層マンションの建設が相次ぐ中、その対極にあるとも言える<長屋回帰>とは―。

・・・(省略)・・・不動産業者によると、こうした古民家ブームは4.5年前に始まった。
現在、一つの物件に希望者が殺到する品薄状態という。

大阪の建物に詳しい大阪ガスエネルギー・文化研究所客員研究員の
弘本由香里さんは、
京都や奈良では古民家といえば、一戸建ての町屋が多いが、大阪では9割が長屋。職人が材質や技術を競い合って良質なものが多い。長屋など古民家を街づくりに利用しない手はない
と話す。




■1987年の竹下登内閣
目玉となる政策としてぶち上げられたのが「ふるさと創成1億円」
バブル時代の真っ只中のこの時代になされた、このバラマキ政策により、至る所に一見して「お洒落」なポストモダン建築が建てられました。

■同じく竹下内閣の下でなされた日米構造協議
アメリカの強い要請により、大店法規制が緩和されました。
その結果、至るところで駅前再開発がはじまります。

■なるほど、駅前にショッピングモールなどが建てられ、街は「お洒落」「綺麗」なものになりました。
しかし一方、そこは「どこにでもある街」になりました。
生活感がない街。
独特の「匂い」がない街。

■昔ながらの温かみのある市場の中から聞こえる、おっさんの威勢のよい掛け声。
雲行きが怪しくなれば「洗濯物、入れや」と声を掛けてくれる、おばちゃん。
人と人とのふれあい。
これら昔ながらの風景全てに「シャッター」が降りてしまいました。

■社会学者の宮台真司先生はこのように仰います。
私は以前から国土交通省の役人たちに言ってきました。
ニュータウンに代表される機能主義的な街づくりは、早晩行き詰るだろうと。
かつて日本は、家はボロくて狭く、道はぬかるみ、下水道もなかった。
そんな貧しい時代には、機能主義だけでオーケーでしょう。

でも家が立派になり、舗装道路や下水道が完備し、街の機能が整うと、「入れ替え可能性」という問題が前面に出てくる日が、いずれ訪れる。
それに備え、地元の人間たちに自分たちの街の入れ替え可能性とは何かを考えさせる仕組みを、準備しろと言ってきたのです。

・・・日本が入れ替え可能なもので溢れるなら、もっとコンビニエントで、自分の実力を認めてくれる場所に出国しようという人が出てくるのも当然です。
でも私自身は、どんなにコンビニエントでも、入れ替え可能なものには満足できません。
それが私の実存です。
(宮台真司著 『これが答えだ』)

入れ替え可能な、どこにでもある街なんて、つまらないと思いませんか?
日本に蔓延る様々な問題点のいくつかは、この点、つまり地域共同体の崩壊が大きな原因となっているのではないかと思います。
ポスト小泉が誰になるのわかりませんが、次の首相には、小泉内閣の下でトドメを刺された地域共同体の再帰的な再生をよろしく願いたいものです。

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by asatte_no_houkou | 2006-07-24 01:54 | 社会の時間
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