【奈良女児誘拐殺人】厳罰化の流れに沿う妥当な判決だと思います
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Excite エキサイト : 社会ニュース
小林被告に死刑判決 女児誘拐殺人で奈良地裁
 2004年11月、奈良市の小学1年、有山楓ちゃん=当時(7つ)=が誘拐、殺害された事件で、殺人とわいせつ目的誘拐など8つの罪に問われた元新聞販売店員小林薫被告(37)に対し、奈良地裁は26日、求刑通り死刑を言い渡した。・・・省略・・・
 被害者が1人の殺人事件では、強盗など金銭目的か殺人の前科がある場合を除き死刑は回避される傾向にあった。子どもを狙った性犯罪など凶悪事件が相次ぐ中、犯行の悪質性や更生可能性のないことを重視、死刑相当と判断した今回の判決は、今後の量刑基準にも影響を与えそうだ。

■我が国の刑法が定める刑罰は、全体的に見て諸外国に比べて軽いようです。
これは「日本国民は皆、家族なんだから、温かい目で見てあげようよ」てな考え方に基づいていると言われています。
「国家は家族の延長線上にあるもの」という国家観、つまり国家共同体主義的な国家観が背景にあるわけです。



■でも天皇の人間宣言により、天皇共同体は崩壊しました。
さらに高度経済成長に伴い、日本は豊かになり、国民が同じ夢を共有する時代は終わりました。
すると訪れたのは、「人それぞれ」の時代。
「同じ日本人なんだから」の時代は終わりを告げ、「人それぞれだから」の時代が到来。

■この価値観が多様化した時代。
この時代においては、異なる人たちが、いかに共生(共に生きる)するかが問われるようになったのです。
「共生」って、何だか優しそうな言葉ですよね?
でも必ずしもそうではありません。

■そりゃもちろん、共生社会では「同じであること」が要求されませんので、少数者(マイノリティー)にとっては比較的に暮らしやすい社会です。
でも共に生きるための前提、すなわち共生条件を壊す者に対しては、厳しい処置がとられることになります。
つまり、かつてのような「共同性」の考え方(国民は家族との考え方)に基づいて温かい目で見るのではなく、「共生」の考え方に基づいて厳罰に処す。
こういうことです。

■今回言い渡された死刑判決。
共同性から共生へと移行しようとしている日本社会においては、当然の判決といえるのではないでしょうか。
いわゆる永山基準の被害者数の項目のみにとらわれることなく、他の項目も総合的に判断するべきです。

【永山基準】
永山基準とは、4人連続射殺事件の永山則夫元死刑囚(事件当時19歳)の第1次上告審判決(83年7月)で、最高裁が示した死刑適用基準。
死刑は
(1)犯罪の性質(2)犯行動機(3)犯行態様、特に殺害方法の執拗(しつよう)さ、残虐さ(4)結果の重大さ、特に殺害被害者数(5)遺族の被害感情(6)社会的影響(7)犯人の年齢(8)前科(9)犯行後の情状
をそれぞれ考察し、その刑事責任が極めて重大で、罪と罰の均衡や犯罪予防の観点からもやむを得ない場合に許されるとした。

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by asatte_no_houkou | 2006-09-26 22:35 | 犯罪・刑罰・裁判
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