【中川・核武装発言】言論の自由は徹底的に保障されなければならない ― 民主主義の本質
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■最近、ある政治家の発言に対して多くの批判が投げかけられています。
「そんな発言をすること自体が許されない」とか「政治家がそんな議論をしてはいけない」など。
これら批判は、明らかに民主主義についての理解が欠けた不当なものです。
民主主義の本質は言論の自由です。
とりわけ政治家の言論の自由は徹底的に守られなければなりません。

■日本には国会というものがあります。
日本だけではない。
民主主義国家であればどこにも国会(議会)は存在します。




■ここで重要なポイント。
議会の存在は民主主義の必要条件ではありますが、十分条件ではありません。
つまり議会があるからといって、その国が民主主義国家であるとは必ずしもならないのです。

■どういうことか。
議会を構成する議員に言論の自由が保障されていて、はじめて民主主義が成立するということです。
自由な言論を通じて国策を決定すること、これこそが民主主義の本質なのです。
私たち日本国民はこのことを決して忘れてはいけません。

戦前の日本
帝国議会といえば、言論の自由なんてない形だけのものだったと理解されている方が多いと思います。
これは誤解です。
一時期、言論の自由が十分に保障されている時代がありました。
一議員の演説により内閣が倒れたことがあるほどです。

■しかし昭和15年3月8日、ある政治家の除名をきっかけにして日本の議会制民主主義の灯は消えてしまいました。
有名な斉藤隆夫の「反軍演説」
斉藤は、支那事変の目的について鋭く政府を追及しました。
この時代、軍はシナ事変を「聖戦」と称していました。
ところがそもそも何の目的の事変なのかわからない。
政府は「支那の主権を尊重し、領土や賠償を要求しない」と言っている。
では目的は何なのか?

■斉藤の追及は全くもって正しい(畑俊六陸軍大臣も「なかなか、うまいこと急所を突いてくる」と言っていた)。
ところが議会内では斉藤に対する批判の嵐が巻き起こりました。
のちの日本社会党である社会大衆党も激しく批判。
「聖戦目的を侮辱するものであり、追及をすること自体がおかしい」と。

■その結果どうなったか。
斉藤隆夫は衆議院から除名されました。
このとき日本の議会制民主主義は完全に機能不全に陥ったのです。
民主主義の灯は消えました。

■先日、自民党の中川昭一「核武装の議論をするべきだ」との発言をしました。
これに対し、一部識者、野党が「こんな発言すること自体が許されない」と批判。
・・・・・
皆さん、何だか昭和15年に似ていると思いませんか?(注)

■批判者たちは、戦前の教訓から学ぶべきです。
言論の自由が如何に大切であるかということを。
核武装であろうがなんであろうが自由な言論を通じて国策を決定する、これが民主主義の本質です。
触れてはいけないタブーなど作ってはいけません。

(注)ただし私は日本の核武装には反対です。国益に反するからです。

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by asatte_no_houkou | 2006-11-08 01:36 | 政治・経済に一言
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