あの男が憲法を語る - 「多元的な価値の公平な共存」
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■今、憲法学の世界で最も注目されている憲法学者といえば、この人。
そうです。
憲法学界の俊英、長谷部恭男(東京大学教授)。

■1月10日の読売新聞朝刊においてこの長谷部恭男と橋本五郎(読売新聞社特別編集委員)との対談が掲載されていました。
内容は当然、憲法について。
非常に示唆に富む対談で、全国民必読の内容と言っても過言ではないものです。
「憲法学の今」 上
今年は日本国憲法施行から60年。
改憲問題が注目を集める中、憲法の思想的意味を改めて問い直すことも重要だろう。
近年注目を集めている憲法学者の長谷部恭男・東大教授と、橋本五郎・本社特別編集委員の対談を2週連続で掲載する。

■おそらくここ数年以内に、私たち国民は「憲法改正」という今まで一度も経験したことのない事態に直面することになると思います。
その際、私たちが適切な判断をするためには、「そもそも憲法とは何か」について深い知識を持っている必要があります。
これは主権者として負う責務であると言ってもよいのではないでしょうか。

■巷には「自衛隊を廃止し他国が攻めてきても非武装・無抵抗の覚悟を持とう」だとか「歴史・伝統・文化の継承という文言を盛り込もう」といった聞くに堪えない言説が溢れかえっています。
このような言説に惑わされないようにするためには、近代憲法の意義を正しく知らなければなりません。

■では簡単に対談のポイントを抜粋してご紹介します。
・近代以降の人々は、「何が正しい生き方か」について多様な考え方があることを認めねばならなくなった。

・異なった人生観や世界観を持つ人々が共同して社会生活を送るためには、各人が生活領域を「公」と「私」に分ける必要が出てくる。

・「正しい生き方」を主張するのは構わないが、それは「私」の領域にとどめて他人に押し付けない。

・「公」の場では、人々が公平・公正に生きていけるように誰にも共通する客観的な利益を冷静な議論を経て実現しようとする。

「多元的な価値の公平な共存」を目指すのが近代の立憲主義の根本的な考え方だ。

人間は「自分にとって正しい人生観は他人にとっても正しい」と思いがちで、「日本人はこういう価値を共有して生きるべきだ」といった考え方は保守・革新のいずれにもありうる。ものの考え方としては自然だが、立憲主義は、人間は「自然な考え方」に従って物事を決め手はいけないと考える。

【追記】
「『正しい生き方』を主張するのは構わないが、それは『私』の領域にとどめて他人に押し付けない」という「近代の立憲主義の根本的な考え方」を他人に押し付けている。このことに気が付いているのだろうか。
と批判されている方を発見しました。
これは完全な誤読です。
長谷部は
(「ハンス・ケルゼンは特定の価値を絶対視してはいけないということを説いている」との問いかけに対して)
ケルゼンは「価値相対主義者」で、私は「価値多元主義者」。そこは違う。価値相対主義は「何が正しいのか全くわからない」という立場なので、「多元的な価値の公平な共存を維持すべきかどうかもわらない」ということになってしまう。
と述べています。
長谷部自身語っているように、長谷部は「多元的な価値の公平な共存」という一定の価値を主張しているのです。
そしてそれが近代以降において採用しうる最も妥当な価値だと。

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憲法・国家・愛国心 - 日本の将来のために

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by asatte_no_houkou | 2007-01-11 23:48 | 日本国憲法を考えよう
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