私の旅日記 - 「こんぴら参り」の巻
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■先日、香川県にある金刀比羅宮ことひらぐう(琴平宮)に参拝に行ってきた。
金刀比羅宮とは、「こんぴらさん」と呼ばれ親しまれている神社である。
かつては伊勢神宮とともに「一生に一度は行ってみたい場所」と言われていた所だ。

■金刀比羅宮では、大物主神おおものぬしのかみ(大国主神の和魂)と崇徳上皇すとくじょうこうをお祀りしている。
しかし、かつては金毘羅大権現こんぴらだいごんけんが祀られていた。
つまり金刀比羅宮は、神道と仏教が一体化(神仏習合)した寺社であったのである。




■これは本地垂迹説ほんちすいじゃくせつという考えが基になっている。
本地垂迹説とは、インドの仏が本地ほんち(根本の物体)で、日本の神が垂迹すいじゃく(具体的な姿)という考え方である。
わかりやすく言えば、インドの仏が、迷える日本人を救うために日本においては神道の神として現れた、という考え方である。
日本の神として現れた仏のことを、権現ごんげんという。
金刀比羅宮の場合、弥勒菩薩みろくぼさつの垂迹神として金毘羅大権現が祀られていた。

■ところが明治になって、政府の方針によりムリヤリに分離させられた(神仏分離令)。
作家の井沢元彦が言うところの
「ずっと昔にもらい仲良く暮らしていた外国人の嫁さんを、晩年になってから無理やり離婚させるようなもの」(井沢元彦著『世界の宗教と戦争講座』)
である。
ただ井沢元彦も言うように、日本が近代化する上でこの過程は必ず経なければならなかったことだった(実際、日本は西欧文化圏以外で最も早く近代化することができた)。

■というのも近代化の過程においては、国家の機軸となる啓典宗教けいてんしゅうきょうが必要だったからだ。
伊藤博文は、これまでの伝統的な神道をピラミッド型に統一整理をした。
そして、天皇教(国家神道)という、伝統的な神道とは異なる全く新しい宗教を作り上げた。
天皇を、キリスト教的な神と位置づけたのである。
そして国家の機軸とした。
まあ、この点は話せば長くなるので、このあたりで止めておく。
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JR琴平駅だ

■JR琴平駅から境内までの間の門前町に、土産物屋がたくさん並んでいる。
ユニークな商品が並んでおり、見るだけでも結構楽しめる。
とある店で「讃岐うどん」と書かれたTシャツを見つけた。
買うべきか否か迷ったが、結局、やめた。
どうせこれを着ても「出オチ」で終わることが目に浮かんだからだ。
あとはかなりサブくなる。
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かごだ

■御本宮まで行くのに785段
さらに奥にある奥社(厳魂神社)にまで行くのに1368段の階段を登らなくてはならない。
奥社までは片道2時間かかるらしく、時間的にとても無理であった。
そこで、御本宮まで行くことにした。
御本宮までは片道30分である。
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階段を登る

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さらに階段を登る

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さらにさらに階段を登る

■御本宮に着き、二礼二柏一礼。
絵馬が掛けられている所へ行ってみた。
すると、写真が数枚飾られていた。
その中に、KABAちゃんの写真を発見。
満面の笑みで写るKABAちゃん。

■KABAちゃんは香川出身なのであろうか?
調べてみた。
違った。
福岡県出身だった。

讃岐うどん編につづく

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by asatte_no_houkou | 2007-01-18 23:33 | 私の旅日記
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