橋下弁護士が西部邁を批判!宮崎哲弥が謝る - そのまんま東と衆愚政治
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■1月26日木曜日の「ムーブ!」(ABC)で、こういうやりとりがありました。
橋下徹 週刊新潮ごときの記者がエラそうに言うなっつうんです。衆愚政治っていうの、一番腹立ってね。ああいうエラそうに言うのは、西部邁という評論家とかね・・・

宮崎哲弥 すいません、私の師匠です(笑)

■あはは(笑)、おもろい。
てっちゃんが師匠に代わって橋下弁護士に謝っているよ。



■このやりとりは、そのまんま東こと東国原英夫知事が宮崎県知事選で勝利したことに対して週刊新潮が「衆愚政治の勝利」と揶揄したことについてのものです。
まあね、大谷昭宏も言っていたけど、「利権談合共産主義政治」を行う政治家を知事に選ぶほうがよっぽど衆愚政治じゃないかと言いたくなりますよね。
川村とか持永とかじゃ改革はできないだろ!ってね。

■衆愚政治とは自覚のない無知な民衆により支配された政治形態のことなんですが、民主政治が堕落するとこの衆愚政治に陥ってしまうということは、誰もが知る政治学の常識的事項です。
今の日本の民主主義が衆愚政治に陥っているのか私にはわかりません(「2ちゃんねる」とかを見ていると、衆愚政治に陥っているなと思うことがありますが(笑))。
週刊新潮がいうように衆愚政治なのかもしれないし、そうではないのかもしれない。

■しかしいずれにせよ、民主政治が衆愚政治に陥らないようにする方策を予め講じておかなければならないということは確かでしょう。
1月17日の読売新聞夕刊にそのヒントがありました。

「対談 憲法学の今 下」
長谷部恭男(東大教授)と橋本五郎(読売新聞社特別編集委員)との対談

長谷部 ・・・省略・・・政治問題を国民が考えているかというと、テレビのワイドショーや世論調査などでポンと投げ出された問題に反応しているだけ。しかも、その直感的な反応を操作しようと政治家は右往左往している。

橋本  砂のようにバラバラになった原子化した個人に対して、小泉前首相のような人の言葉が媒介項なしに流れていく、そういう怖さはある。

長谷部 アメリカのエール大教授のブルース・アッカーマン氏が提案するアイデアだが、国家が費用を出し、国政選挙の前に人々が地域の公民館や学校に集まって「選挙の争点は何であるべきか」を一日かけて討論する、といった制度を作ることも考えられる。

■なかなかおもしろいアイデアですね。
今の日本は、国家と個人の中間に位置する中間集団(家族、地域など)が空洞化・崩壊してしまっています。
こんな状況下においては、橋本五郎が指摘するように、弁舌巧みな指導者によって個人がコントロールされやすい。
そこでコントロールされにくい社会を作っていく必要があるわけです。

■ただし日本社会はムラ社会的な特徴を有しているので、どうしても共同体的同調圧力つまり周りの空気に屈しやすい面があります。
そこで以下のような点に留意するべきだと考えます。

・自由に意見を言い合える雰囲気を作る。
・いろんな価値観、世界観を持つ人と話すようにする。
・自分と異なる価値観を持つ人がなぜそのような価値観を持つのか理由を考え、できるだけ理解する。
・自分の主観を相対化してみる。
・善悪二元論で物事を判断しない。
・明確な因果関係が確定している事柄は素直に認める。

同じ価値観を持つ人が集まって話すのは楽しいかもしれません。
「あいつはサヨクだ!」「ウヨクだ!」と単純化して罵倒するのも楽しい。
でもここはグッと堪えて主観を相対化してみよう。
新たな発見があることでしょう。
思考停止していてはダメですよ。

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by asatte_no_houkou | 2007-01-27 17:38 | 政治・経済に一言
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