【怨霊信仰】恨みをのんで死んでいった怨霊を鎮める - 上御霊神社、下御霊神社、北野天満宮
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■神道ってのは「八百万の神」という言葉があるとおり、多神教です。
とにかく神様がいっぱいいるということです。
「万物に神霊が宿る」という考え方なんですね。

■神話の中の神様。
自然そのものから見出された神様。
実在の人物が死んでなった神様。

■この「実在の人物」の中には、恨みをのんで死んでいったエライ人が多くいます。
有名なのは菅原道真ですね。
早良親王もそうです。




■神道では、恨みをのんで死んでいった人は怨霊となってこの世に災いをもたらすので、神社にお祀りをすることによって鎮めようと考えます。
これを怨霊信仰(御霊信仰)と言います。

■まあ、この怨霊信仰は、神道の思想と言うより日本の固有思想と言ったほうが適切かもしれません。
というのも、日本では仏教も怨霊を鎮める機能を持つと考えられていたからです。

■ではなぜ日本では怨霊信仰が生まれたのかというと・・・
梅原猛氏によるとこういうことだそうです。

■日本という国は比較的に似たような人種が住んでいる国である。
なので、内部で戦争が起こると勝者による敗者の処理が重要な課題となってくる。
その処理の形態として敗者の鎮魂、つまり怨霊信仰が起こってきたのではないか。
こういうことのようです。

■多民族が興亡を繰り返している国では、敗者は皆殺しにされてしまいます。
例えば中国では謀反の疑いがかけられると本人だけではなく一族郎党全員が殺されてしまう。
西欧でも旧約聖書にあるとおり、カナンの地の先住民はユダヤ教徒に虐殺されてしまいました。
これは怨霊信仰を固有思想とする日本では考えられないことです。

■先日、京都に行った際、上御霊神社、下御霊神社、北野天満宮に行ってきました。
これらの神社は、恨みをのんで死んでいったエライ人が怨霊となって飢饉や疫病を起こすことを防ぐために神様としてお祀りしている神社です。

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下御霊神社


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梅の花びらのじゅうたん(下御霊神社)


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上御霊神社


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北野天満宮


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梅が綺麗ですね(北野天満宮)


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by asatte_no_houkou | 2007-03-13 02:00 | 社会の時間
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