「神道は宗教ではない」との主張について考えてみた - その2
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前回「神道は宗教ではない」との主張について説明いたしました。
この主張の論拠はこれです。
1、生活に溶け込んでいる
2、教義や教典がない
以下、これに対して反論をします。



■まず①の点ですが。
イスラム教だって生活に溶け込んでいます。
イスラム教徒は1日5回、礼拝(サラート)を行いますし、ラマダンの月には断食(サウム)をします。
イスラム教徒にとって、イスラム教は生活の一部となっています。

■イスラム教は誰もが認める宗教
「イスラム教は宗教ではない」なんてイスラム教徒の前で言えば、間違いなくポカンと殴られます。
「生活に溶け込んでいる」との点は、「宗教ではない」との主張の論拠となりうるものではないと思います。

■次に②の点ですが。
たしかに神道には教義はありません。
でも「教義がないから宗教ではない」という主張は論理に飛躍があると思います。

■教義は、内心の信仰的世界を表現する数多くの宗教的象徴の中の一つに過ぎないと考えるべきです。
儀礼もまた、教義と同等の、信仰的世界を表現する象徴といえるのではないでしょうか。
神道の場合、教義という形では表現せずに、儀礼や生活という形で表現しているのだと思います。

■私は、宗教とは「ある自明ではない事柄を前提として振舞うこと」と定義するべきだと考えます(社会学者の橋爪大三郎氏の主張する定義)。
神道は「万物に神霊が宿る」という自明ではない事柄を前提として神道的営みをします。
だとすれば、神道は宗教であると考えるべきではないでしょうか。

■ところで神道の教えとは「自然のあらゆるものに神を見出し、人間もまた自然の一部と認め、そこから生き方を学ぶこと」(花園神社宮司である片山文彦氏の言葉)です。

■私たちはこの「自然との共生」という伝統的な神道の考えを活かしていくべきだと考えます。
これは、経済の成長拡大を追求するあまり自然環境の保護を軽視しがちな「自称保守派」の方たちに特に言いたいことです。

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by asatte_no_houkou | 2007-03-25 02:27 | 社会の時間
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