【イラク活動違憲】僕は名古屋高裁の勇気ある判断に敬意を表したい
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Excite エキサイト : 社会ニュース
<イラク自衛隊>多国籍軍空輸は違憲 名古屋高裁が初の判断
 イラクへの自衛隊派遣は違憲だとして、市民団体などが国に派遣差し止めなどを求めた訴訟の控訴審判決が17日、名古屋高裁であった。青山邦夫裁判長(高田健一裁判長代読)は原告の請求を却下するなどした1審・名古屋地裁判決を支持し、控訴を棄却したが、「航空自衛隊による多国籍軍の空輸活動は憲法9条に違反している」との判断を示した。
 全国で行われている同種の訴訟で空自の活動の一部を違憲と認定したのは初めて。原告団は「控訴は棄却されたが、違憲の司法判断が示された」として上告しない方針で、勝訴した国は上告できないため判決が確定する。

■これは画期的な判断ですね。
すばらしい。
勇気ある判断だと思います。

■僕は、拙ブログにおきまして何度も書きましたとおり、イラクにおける自衛隊の活動は憲法に違反していないという考えです(注1)
ですので、、「航空自衛隊による多国籍軍の空輸活動は憲法9条に違反している」との判断には賛成できません。

■しかし、この名古屋高裁の姿勢には、僕は敬意を表したいと考えます。
というのも、あまりに今の裁判所は、憲法違反の判断に対して消極的すぎるからです。
政府の行為をあまりに尊重しすぎている。

■確かに、日本においては付随的審査制を採用していると憲法解釈上考えられています。
付随的審査制とは、具体的に起きた当事者間の争いを前提として、それを解決するのに必要な範囲で憲法に適合しているかどうか審査するという制度のことです。

■この制度のもとでは、今回のように原告の権利に侵害がないとの認定をされたケースにおいては、自衛隊の活動が憲法9条に反しているかどうかを判断してはいけません。
つまり、付随的審査制の考え方を徹底すれば、この「憲法9条に反している」との傍論は蛇足だということです。

■しかし裁判所の役割は、単に個人の権利を守るという点にあるだけではないはずです。
統治権力が憲法に違反する行為をしている場合には憲法違反の状態を是正を図るという役割をも有していると考えるべきです。
なぜなら、憲法がきちんと守れてはじめて私たち国民は幸せに暮らすことができるからです。

■日本人は過去において自分たちの手で憲法を作ったという経験がありません。
主権者とは名ばかりで、日本人は憲法制定行為をしたことがない。
ですので、日本人にとって憲法は「お上によって下げ渡されるもの」との感覚があると思います。
したがって、日本人は、統治権力による憲法違反行為に対してとても鈍感です。

■ですので、付随的審査制のもとにおいても、統治権力の行為が憲法に違反していると裁判所が考えれば、それがたとえ事件の解決に必ずしも必要ではなくても一定の場合は、傍論において憲法違反であるとの意見を裁判所は表明するべきではないでしょうか。

■もちろんその傍論における判断には法的拘束力はないわけですので、統治権力がそれに従う必要はありません。
しかし、一定の重みとなって政府に緊張感を与えることにはなると思います。
主権者である国民に対するアピールにもなります。

■裁判所は、批判に臆せずこれからもどんどんと傍論において違憲判断をしていただきたいと思います。
そして憲法を守っていただきたい。
僕は本来は憲法改正論者でありますが、統治権力が憲法をないがしろにしている状態での憲法改正は危険であると考えます。
がんばれ、裁判所!

(注1)といっても、拙ブログにおいて何度も書きましたとおり、イラクに対するアメリカ軍の武力行使は従来からの国際法に違反するものであると考えますし、武力行使一辺倒といってよいアメリカのやり方では「暴力の連鎖」を生むだけで何の解決にもならないと考えています。

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by asatte_no_houkou | 2008-04-20 01:42 | 日本国憲法を考えよう
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