カテゴリ:日本国憲法を考えよう( 29 )
櫻井よしこさんの憲法観は中国人のそれを同じだ
a0029616_323541.jpg

■もういいかげんにしてくれ!
2月22日の「サンデープロジェクト」。
この中でジャーナリストの櫻井よしこさんが「日本国憲法には国民の義務や責任についての規定が少ない」との趣旨のことを仰っていました。

■拙ブログにおいて馬鹿の一つ覚えみたいに何度も繰り返して書いていますとおり、この発言は近代憲法の本質を理解しないトンデモ発言です。
憲法に国民の義務規定が少ないのは当たり前の話

■それはなぜかと言うと・・・
もうめんどくさいので書きません。
こちらをどうぞ↓
http://asatteblog.exblog.jp/5480409/

■櫻井さんは日ごろ中国に対して鋭い批判をしている方です。
ところがどっこい。
櫻井さんの憲法観は中国人のそれを同じでした。
櫻井さんは実は中国シンパのお方のようです。

この記事が面白かった/興味深かったと思った方は→人気blogランキングへ
[PR]
by asatte_no_houkou | 2009-02-25 03:12 | 日本国憲法を考えよう
「国民参加型 憲法タウンミーティング INひらかた」に行ったよ
a0029616_043533.jpg

■5月17日、「国民参加型 憲法タウンミーティング INひらかた」という催しが、大阪歯科大学樟葉学舎講堂で行われました。
コーディネーターは青山繁晴さん
パネリストは西村眞吾さん宮崎哲弥さん田中義浩さん(枚方青年会議所理事長)。

「こりゃ行かねばならぬ」と阪急電車、大阪市営地下鉄、京阪電車と乗り継いで、このタウンミーティングを聞きに行ってきました。
青山繁晴さんと宮崎哲弥さんを生で見るのは今回が初めて。

■特に宮崎てっちゃんは、僕の師匠のお一人(もちろん僕が勝手に言っているだけです)。
なので、壇上で話をする「生てっちゃん」に興奮し、半立ちになりました。
ちなみに「生てっちゃん」のお姿は、予想以上のキャベツ畑人形でした。

■西村眞吾さんは今回が2回目。
この前は大阪地裁201号法廷でお目にしました(笑)
あの時は、緊張されているご様子でしたが、今回はかなりリラックスしてお話しされていました。
執行猶予が付いてよかったね。

■さて「国民参加型 憲法タウンミーティング INひらかた」。
内容は盛りだくさんで、大変に勉強になりました。
ただし少し議論が散漫になっていたかな。

■憲法問題というのは論点が膨大なので、「憲法」という漠然としたテーマで議論をすると、えてして議論があっちに行ったりこっちに行ったりと散漫になってしまうんですよね。
憲法問題について議論をするときは、テーマを絞り込んで行うべきではないかと思います(例えば9条の問題とか、地方自治の問題とか)。

■先生方の印象に残ったご発言を簡単に書き記したいと思います。
メモを採らなかったので、必ずしも一字一句正確ではありません。
・右翼、左翼と二項対立的なことを言っているのは日本だけだ(青山)
・僕は右翼だとも左翼だとも言われるが、それは望むところ。まっすぐ真中から考えていきたい(青山)
・日本国憲法は廃棄すべし(西村)
・憲法は紙に書いあることよりもその背後にある根本規範が大切(西村)
・憲法とは、国民からの国家権力に対する命令である。よって基本的に国民には憲法遵守義務はない(青山、宮崎)
・国民の生命身体財産を守ることが政府の責務だと規定する憲法13条と、戦争放棄を規定する憲法9条との矛盾が最大の問題点(宮崎)
・行政権行使から生じる責任の所在があやふやである点が問題(青山)
・日本国憲法を起草したGHQのメンバーが存命中に一度、制定過程をきちんと調査すべき(青山)

■とりあえずこんなところです。
また思い出したら書き加えたいと思います。

■僕が「特に重要だな」と思うのは、「・右翼、左翼と二項対立的なことを言っているのは日本だけ(青山)」との点と、「・憲法とは、国民からの国家権力に対する命令である(青山、宮崎)」との点です。
以前、拙ブログにおきましても似たようなことを書かせていただきました。
【拙ブログ関連エントリー】
三宅久之の中国的な憲法観には賛成できない - 憲法の本質とは何か
憲法と法律ってどういう関係なの? - 小学生でもわかる!
「右翼」「左翼」の「二項対立」思考から脱却しよう!
【悪玉】ラクをしちゃいかん。思考停止をしちゃいかん【善玉】


■まあ、とにかく今回、先生方のお話を聞いた思ったのは、「青山さんってパワフルな方だな~」です。
話し方が、ものすごくパワフルで情熱的。
でもそれでいて独りよがりにならず、一人ひとりの聴衆の目を見て語りかけるように話す。

■僕は今まで何人もの政治家の演説を街頭などで聞きましたが、誰一人青山さんの演説には敵わない。
そのように思いました。

■タウンミーティング終了後、くずはモールで「鮎ラーメン」を食べました。
http://www.ccinc-love.com/ayu/
「鮎ラーメン」とは文字通り、鮎が入ったラーメンです。

■成功しているかどうかはともかく、鮎でスープの出汁を採り、具にするという発想は斬新ですね。
「ソノ ハッソウ ハ ナカッタワ」(by板尾の嫁)
店内はラーメン屋とは思えない清潔感があり、落ち着いた雰囲気で大変好感をもちました。
また機会があれば訪れたいお店です。
ごちそうさまでした。

この記事が面白かった/興味深かったと思った方は→人気blogランキングへ
[PR]
by asatte_no_houkou | 2008-05-19 00:49 | 日本国憲法を考えよう
【イラク活動違憲】僕は名古屋高裁の勇気ある判断に敬意を表したい
a0029616_135332.jpg

Excite エキサイト : 社会ニュース
<イラク自衛隊>多国籍軍空輸は違憲 名古屋高裁が初の判断
 イラクへの自衛隊派遣は違憲だとして、市民団体などが国に派遣差し止めなどを求めた訴訟の控訴審判決が17日、名古屋高裁であった。青山邦夫裁判長(高田健一裁判長代読)は原告の請求を却下するなどした1審・名古屋地裁判決を支持し、控訴を棄却したが、「航空自衛隊による多国籍軍の空輸活動は憲法9条に違反している」との判断を示した。
 全国で行われている同種の訴訟で空自の活動の一部を違憲と認定したのは初めて。原告団は「控訴は棄却されたが、違憲の司法判断が示された」として上告しない方針で、勝訴した国は上告できないため判決が確定する。

■これは画期的な判断ですね。
すばらしい。
勇気ある判断だと思います。

■僕は、拙ブログにおきまして何度も書きましたとおり、イラクにおける自衛隊の活動は憲法に違反していないという考えです(注1)
ですので、、「航空自衛隊による多国籍軍の空輸活動は憲法9条に違反している」との判断には賛成できません。

■しかし、この名古屋高裁の姿勢には、僕は敬意を表したいと考えます。
というのも、あまりに今の裁判所は、憲法違反の判断に対して消極的すぎるからです。
政府の行為をあまりに尊重しすぎている。

■確かに、日本においては付随的審査制を採用していると憲法解釈上考えられています。
付随的審査制とは、具体的に起きた当事者間の争いを前提として、それを解決するのに必要な範囲で憲法に適合しているかどうか審査するという制度のことです。

■この制度のもとでは、今回のように原告の権利に侵害がないとの認定をされたケースにおいては、自衛隊の活動が憲法9条に反しているかどうかを判断してはいけません。
つまり、付随的審査制の考え方を徹底すれば、この「憲法9条に反している」との傍論は蛇足だということです。

■しかし裁判所の役割は、単に個人の権利を守るという点にあるだけではないはずです。
統治権力が憲法に違反する行為をしている場合には憲法違反の状態を是正を図るという役割をも有していると考えるべきです。
なぜなら、憲法がきちんと守れてはじめて私たち国民は幸せに暮らすことができるからです。

■日本人は過去において自分たちの手で憲法を作ったという経験がありません。
主権者とは名ばかりで、日本人は憲法制定行為をしたことがない。
ですので、日本人にとって憲法は「お上によって下げ渡されるもの」との感覚があると思います。
したがって、日本人は、統治権力による憲法違反行為に対してとても鈍感です。

■ですので、付随的審査制のもとにおいても、統治権力の行為が憲法に違反していると裁判所が考えれば、それがたとえ事件の解決に必ずしも必要ではなくても一定の場合は、傍論において憲法違反であるとの意見を裁判所は表明するべきではないでしょうか。

■もちろんその傍論における判断には法的拘束力はないわけですので、統治権力がそれに従う必要はありません。
しかし、一定の重みとなって政府に緊張感を与えることにはなると思います。
主権者である国民に対するアピールにもなります。

■裁判所は、批判に臆せずこれからもどんどんと傍論において違憲判断をしていただきたいと思います。
そして憲法を守っていただきたい。
僕は本来は憲法改正論者でありますが、統治権力が憲法をないがしろにしている状態での憲法改正は危険であると考えます。
がんばれ、裁判所!

(注1)といっても、拙ブログにおいて何度も書きましたとおり、イラクに対するアメリカ軍の武力行使は従来からの国際法に違反するものであると考えますし、武力行使一辺倒といってよいアメリカのやり方では「暴力の連鎖」を生むだけで何の解決にもならないと考えています。

この記事が面白かった/興味深かったと思った方は→人気blogランキングへ
[PR]
by asatte_no_houkou | 2008-04-20 01:42 | 日本国憲法を考えよう
自衛隊が国民を監視 ― シビリアン・コントロールの意義を知らない馬鹿げた行為 その2
a0029616_113123.jpg

前回(その1)の続きです。
シビリアン・コントロールとは、大雑把に言えば、政治が軍事に優先するということです。
その目的は、軍の独走を抑止する点にあります。

■シビリアン・コントロールのもとでは、作戦用兵の成功も失敗も、すべて軍の最高指揮官である内閣総理大臣が負います。
つまり政治が責任を負う。
「俺(政治家)が全責任を負う。だから、軍隊は俺の言う通りに動け!」
こういうことです。
■なので軍隊は政治にあれやこれや口出ししてはなりません。
軍隊は政治的中立性を厳守すべき組織なのです。

■おそらく自衛隊員の中にはいろんな政治的な信条の持ち主の方がおられることでしょう。
右、左、コミュニタリアン、リバタリアン、オバタリアン、コンサバ、シメサバ、ハゲ、カツラ、ざこば・・・
たとえ指揮官たる政治家と政治的立場が異なっていたとしても、政治家の言うとおりに動くのが軍隊の仕事です。

■共産党が入手した文書によると、自衛隊は市民団体や報道機関、労働組合、政治家などを幅広くその活動を監視をしていたようです(ある政治家の意見を「自衛隊の活動を誹謗している」と評価している)。
シビリアン・コントロールの観点からすると、これは明らかに不適切な行為です。
軍隊は政治的中立でなくてはなりません。

■久間章生(防衛大臣)は「差し支えない」などとほざいているようですね。
久間はシビリアン・コントロールの意味を知らないのでしょう。
大臣失格です。

この記事が面白かった/興味深かったと思った方は→人気blogランキングへ
[PR]
by asatte_no_houkou | 2007-06-09 01:08 | 日本国憲法を考えよう
自衛隊が国民を監視 ― シビリアン・コントロールの意義を知らない馬鹿げた行為 その1
a0029616_1321496.jpg

Excite エキサイト : 政治ニュース
<自衛隊監視活動>イラク派遣反対の団体など 共産党が発表
 共産党は6日、防衛相の直轄部隊「情報保全隊」が、自衛隊のイラク派遣に反対する全国の市民団体や野党議員の動向、デモ参加者の写真、記者の取材内容などを組織的に収集していたことを示す内部文書を入手した、と発表した。
 文書は03年11月から04年2月にかけて、陸自東北方面情報保全隊と保全隊本部が作成したとされる2種類で計166ページ。イラク派遣に対する市民団体の活動が週ごとに記録されている。また04年1月の記録で、民主党の増子輝彦衆院議員(現参院議員)が、隊OBらが組織する「隊友会」の祝辞でイラク派遣に反対したことに触れ、「派遣を誹謗(ひぼう」などとしている。
 報道機関については「青森駐屯地から退庁する隊員に取材を実施」などの記載がある。毎日新聞の記事については、04年2月21日の朝刊でイラクに赴く自衛隊員の安全を祈って全国に「黄色いハンカチ運動」が広がり、この動きに映画監督の山田洋次氏が異議を唱えていると報道したことに言及。「批判的な考えを表明している映画監督の回答を掲載」などと記録。登場する団体・個人数は290に上る。

■6月7日放送の「ムーブ!」(ABCテレビ)
宮崎哲弥が吠えた!
「私は自衛隊というのは国軍にするべきという意見の持ち主で憲法改正論者ですけれども、あくまでそれはシビリアン・コントロールというものを徹底して、法律の下において活動をするという原則で国軍だということを主張したいわけですよ。」
「大半は違法行為とは言えないとはいえ、一部に違法行為の可能性が高いもの、例えば写真を撮ったりするものがありますし、全体として脱法行為に近いですよね。こういうことを暗々裏にやっていたということは自衛隊や防衛省に対する信頼性を失わせる意味で非常に不適切です。」

シビリアン・コントロールの意義は何か。
それは、作戦用兵の責任の所在は、軍の最高指揮権者である内閣総理大臣にあるということです。

■この内閣総理大臣。
国民を代表する国会議員により構成される国会によって選ばれる。
なので、究極的には国民に責任が及ぶことになります。

■言うまでもなく、責任は、権利自由と表裏一体
ということは、国民に、自由な意思に基づく自由な表現活動をすることが保障されなければならない。
自由がないのに責任なんて負えないもん。

■なので、コントロールの客体である自衛隊が、主体である国民の表現活動に介入することは絶対に認められません。
え!?「情報収集ぐらい、別にええやん!」って?
いや、そんなことはない。

「もしかしたら自衛隊に監視されているかも?」
国民の間にこういう意識が広がり、表現の自由の行使に委縮効果が生じる。
自衛隊の活動に反対する言論活動をしたいが、監視を恐れて差し控える。
こういう事態が生じるおそれがある。
これはかなりヤバい!

■結論。
今回の自衛隊の行為は、シビリアンコントロールの意義を知らない馬鹿げた行為である。
久間防衛大臣は、責任を取って辞任するべきだ。
私は、憲法9条改正論者こそが徹底的に今回の自衛隊の行為を批判するべきだと思う。

「その2」へつづく

この記事が面白かった/興味深かったと思った方は→人気blogランキングへ
[PR]
by asatte_no_houkou | 2007-06-08 03:56 | 日本国憲法を考えよう
憲法を改正する前にしなければならないこと - 憲法を支える「地盤」
a0029616_1217699.jpg

■先日、憲法改正の手続きを定める国民投票法が成立しました。

■私は当ブログにて何度も繰り返し国民投票法の制定の必要性を主張してきました。
国民投票法を制定しないという立法不作為は、国民の憲法改正権(憲法改正国民投票権)を侵害するものであり、憲法違反だからです。

■ですので、今回の法制定を評価したいと思います。
「おうっ、お前ら、ようやったな」

■さて、おそらく3年後、私たちは憲法改正国民投票の機会に直面することでしょう。
その際、私たちは適切な判断をしなければなりません。

■適切な判断のためには憲法の意義を知らなければなりません。
法律の玄人にならなければならない。

小室直樹はこのように言います。
かつて川島武宜博士はその著書の中で、日本人の法意識の低さを嘆いて、こう書いた。
法律の素人は、法律さえ作れば、なんでも世の中は変わってしまうと思いがちである(例えば「親に親孝行せよ」という規定を民法の中に書けば日本中の人々が親孝行になる、というような考えがつい近年まで大まじめに主張されていた)。
だが、法律を作っても、それが現実に行われるだけの地盤が社会の中にない場合には、法律というものは現実にはわずかしか、時には全く「行われない」-社会生活を規制するという機能を果たさない-のである(川島『日本人の法意識』)

この川島博士の文章は、まさしく今の日本国憲法の状況に当てはまる。
憲法とは生き物である。
・・・省略・・・
それを現実のものにしようとする努力や基盤がなければ何の意味もない。
憲法は死んでしまうのである。
・・・省略・・・
日本でもようやく改憲論議が活発になってきた。
アメリカからの押し付け憲法ではなく、自前の憲法を持ちたいということなのだが、議論の結果、そこで素晴らしい新憲法が制定されたとしても、それでもって日本を悩ましている問題がきれいさっぱり片付くわけではない。
なぜなら川島博士が指摘したように、法律が機能するためには、それが支える「地盤」がなくては不可能だからだ。

■この「地盤」とは具体的には何か?
小室直樹の弟子のひとりである宮台真司がこう語ります。
憲法は、国家への国民の意思を書いた「覚書」です。
戦後日本には「この憲法でいい」という憲法感情はあっても、国家をどう操縦するかという憲法意思が乏しい。
だから何が書かれていても空文化するのです。
意思なき国民が大半になれば憲法は紙切れ同然です。
大事なのは、憲法に何が書かれているかじゃない。
国民が何を意思するかです。
ルソーのいう一般意思だから、日本人の大半がそう思っていると日本人全員が思えなければなりません。


■「地盤」とは、国家(統治機構)をどう操縦するかという憲法意思のことです。
国民の多くがこの憲法意思を明確に持たないと憲法は死んでしまう。
紙切れ同然になってしまう。

■憲法とは、統治権力が暴走しないように歯止めをかけるための、国民からの統治権力への命令です。
ですので、憲法が紙切れ同然になると、統治権力は好き勝手にやりたい放題をすることができるようになってしまいます。
これでは私たちは幸せな生活を望めません。

■私たち国民は、国家をどう操縦するかという憲法意思を明確に持ち、統治権力が憲法に違反する行為をしないように監視する確かな目を持つ必要があります。
でないと、いくら素晴らしい憲法を制定しようが全くの無意味となってしまうことでしょう。
これから3年、徹底的に議論をし、確かな「地盤」を作っていきましょう。

【オススメの憲法の本】
小室直樹著『日本人のための憲法原論』
長谷部恭男著『憲法と平和を問いなおす』

この記事が面白かった/興味深かったと思った方は→人気blogランキングへ
[PR]
by asatte_no_houkou | 2007-05-20 02:31 | 日本国憲法を考えよう
憲法と法律ってどういう関係なの? - 小学生でもわかる!
a0029616_028675.jpg

a0029616_0293074.gif俺はこの前、憲法とは<国民からの統治権力への命令であり、統治権力の義務規定>と書いた。
読んだか?

a0029616_030167.gifああ、読んだよ。
じゃあさ、聞くけどさ、国民の義務はどうなるんだ?
国民には義務があるだろ?

a0029616_0293074.gifああ、あるな。
お前、法律って知ってるか?

a0029616_030167.gifおまえ、なめとんか!
そんぐらい知ってるに決まってるだろ。
墾田永年私財法とかだろ?

a0029616_0293074.gifおまえ、いつの話してんだよ!
じゃあ聞くが法律と憲法とはどう違う?

a0029616_030167.gifむむむ・・・憲法は法律のエライやつだろ?


a0029616_0293074.gifなんだそりゃ!?
法律とは、<統治権力からの国民への命令>だ。
憲法と法律とは、命令の主体と客体(宛先)が真逆。
わかりやすく図式化するとこういうことだ。
<憲法>  国民    ⇒⇒⇒(命令)⇒⇒⇒ 統治権力
<法律>  統治権力 ⇒⇒⇒(命令)⇒⇒⇒ 国民

a0029616_030167.gifなるほど。


a0029616_0293074.gifお前、憲法30条を見てみろ。
これは要するにだな、「国民が負う納税の義務は法律で定めろ」と国民が統治権力に対して命令しているわけだ。

a0029616_030167.gifうん。


a0029616_0293074.gif統治機構を運営していくためには金が掛かる。
国民が負担しなきゃならない。
でも、政府が勝手に国民の負担を決めるな!
法律(国民の代表者で構成される国会で法律は作られる)で定めろ!
ということだ。

a0029616_030167.gifなるほど、そういうことか。


a0029616_0293074.gif法律ってのは、憲法が許容する枠内でのみ定めることができる。
つまり<国民からの統治権力への命令>の範囲内で、<統治権力からの国民への命令>を定めることができるってわけだ。
a0029616_361767.jpg

a0029616_030167.gifなるへそ。


a0029616_0293074.gifもし範囲をはみ出せば、その法律は憲法違反となる。
違憲無効だ。
例えば、昔、刑法200条というのがあった。
尊属殺人の規定だ。

a0029616_030167.gif聞いたことあるな。


a0029616_0293074.gifこれは憲法14条の「法の下の平等」に反するということで違憲無効となった。
刑法200条は、国民からの統治権力への命令の範囲外の、統治権力からの国民への命令だったというわけだ。

a0029616_030167.gifなるほど、そうか。
ということは、三世一身法は日本国憲法の範囲内だから・・・いや、えっーと範囲外か・・・

a0029616_0293074.gifいや、だから時代が無茶苦茶だっつうの!

【オススメの憲法の本】
小室直樹著『日本人のための憲法原論』
長谷部恭男著『憲法と平和を問いなおす』

この記事が面白かった/興味深かったと思った方は→人気blogランキングへ
[PR]
by asatte_no_houkou | 2007-05-12 01:02 | 日本国憲法を考えよう
三宅久之の中国的な憲法観には賛成できない - 憲法の本質とは何か
a0029616_1591643.jpg

■4月15日放送の「たかじんのそこまで言って委員会」で、政治評論家の三宅久之さん
左翼は「憲法は統治権力を制限するものだ」と言っているが、私は賛成しない
との趣旨のことを言っていました。

■これに対して評論家の宮崎哲弥さん(和製ジャッキーチェン)が
私は左翼ではないが、憲法は統治権力を制限するものだと考える
との趣旨のことを言いました(正確には「国民による統治権力への命令だと考える」と言っていた)。

憲法の本質をどう考えるかについては大きく分けて2つあります。
① 統治権力からの国民への命令で、国民にとっての義務規定
統治権力→→(命令)→→国民

② 国民からの統治権力への命令で、統治権力にとっての義務規定
国民→→(命令)→→統治権力

■①の考え方は、中国の考え方(儒教+法家の思想)です。
中国では、「法」とは国民を統治するための手段です。
つまり憲法の本質を、道徳的な権力者による不道徳な社会・国民に対する命令であると考えます。

■一方、②の考え方は、欧米などの近代民主主義社会の考え方です(左翼の考え方ではない)。
統治権力は強大な権力ゆえにそれが濫用されると国民の権利・自由が害されるおそれがある。
そこで憲法によって統治権力を雁字搦めにし、統治権力の濫用的行使によって国民の権利・自由が侵害されないようにしようと考えます。
つまり憲法の本質を、国民による、濫用されると恐ろしい統治権力に対する命令であると考えるわけです。

■三宅久之さんは日ごろ、中国に対して批判的な立場の人です(この点は私も一定の理解ができます)。
ところが実のところは三宅さんは中国人と同じような発想をする人でした。
近親憎悪ってことでしょうかね。

【参考文献】
宮崎哲弥・川端幹人著『事件の真相』
【オススメの憲法の本】
小室直樹著『日本人のための憲法原論』
長谷部恭男著『憲法と平和を問いなおす』

この記事が面白かった/興味深かったと思った方は→人気blogランキングへ
[PR]
by asatte_no_houkou | 2007-04-25 02:01 | 日本国憲法を考えよう
あの男が憲法を語る - 「多元的な価値の公平な共存」
a0029616_23352654.jpg

■今、憲法学の世界で最も注目されている憲法学者といえば、この人。
そうです。
憲法学界の俊英、長谷部恭男(東京大学教授)。

■1月10日の読売新聞朝刊においてこの長谷部恭男と橋本五郎(読売新聞社特別編集委員)との対談が掲載されていました。
内容は当然、憲法について。
非常に示唆に富む対談で、全国民必読の内容と言っても過言ではないものです。
「憲法学の今」 上
今年は日本国憲法施行から60年。
改憲問題が注目を集める中、憲法の思想的意味を改めて問い直すことも重要だろう。
近年注目を集めている憲法学者の長谷部恭男・東大教授と、橋本五郎・本社特別編集委員の対談を2週連続で掲載する。

■おそらくここ数年以内に、私たち国民は「憲法改正」という今まで一度も経験したことのない事態に直面することになると思います。
その際、私たちが適切な判断をするためには、「そもそも憲法とは何か」について深い知識を持っている必要があります。
これは主権者として負う責務であると言ってもよいのではないでしょうか。

■巷には「自衛隊を廃止し他国が攻めてきても非武装・無抵抗の覚悟を持とう」だとか「歴史・伝統・文化の継承という文言を盛り込もう」といった聞くに堪えない言説が溢れかえっています。
このような言説に惑わされないようにするためには、近代憲法の意義を正しく知らなければなりません。

■では簡単に対談のポイントを抜粋してご紹介します。
・近代以降の人々は、「何が正しい生き方か」について多様な考え方があることを認めねばならなくなった。

・異なった人生観や世界観を持つ人々が共同して社会生活を送るためには、各人が生活領域を「公」と「私」に分ける必要が出てくる。

・「正しい生き方」を主張するのは構わないが、それは「私」の領域にとどめて他人に押し付けない。

・「公」の場では、人々が公平・公正に生きていけるように誰にも共通する客観的な利益を冷静な議論を経て実現しようとする。

「多元的な価値の公平な共存」を目指すのが近代の立憲主義の根本的な考え方だ。

人間は「自分にとって正しい人生観は他人にとっても正しい」と思いがちで、「日本人はこういう価値を共有して生きるべきだ」といった考え方は保守・革新のいずれにもありうる。ものの考え方としては自然だが、立憲主義は、人間は「自然な考え方」に従って物事を決め手はいけないと考える。

【追記】
「『正しい生き方』を主張するのは構わないが、それは『私』の領域にとどめて他人に押し付けない」という「近代の立憲主義の根本的な考え方」を他人に押し付けている。このことに気が付いているのだろうか。
と批判されている方を発見しました。
これは完全な誤読です。
長谷部は
(「ハンス・ケルゼンは特定の価値を絶対視してはいけないということを説いている」との問いかけに対して)
ケルゼンは「価値相対主義者」で、私は「価値多元主義者」。そこは違う。価値相対主義は「何が正しいのか全くわからない」という立場なので、「多元的な価値の公平な共存を維持すべきかどうかもわらない」ということになってしまう。
と述べています。
長谷部自身語っているように、長谷部は「多元的な価値の公平な共存」という一定の価値を主張しているのです。
そしてそれが近代以降において採用しうる最も妥当な価値だと。

【拙ブログ関連記事】
憲法・国家・愛国心 - 日本の将来のために

この記事が面白かった/興味深かったと思った方は→人気blogランキングへ
[PR]
by asatte_no_houkou | 2007-01-11 23:48 | 日本国憲法を考えよう
『憲法9条改正』は諸外国の信頼獲得につながる
a0029616_13511066.jpg

■日本が軍備の面で諸外国から信頼されていないと仮定する。
ならば、私たちは何をするべきか。
それは憲法改正により、憲法9条の文言を明確化することである。

■そもそも不信感は不透明であることから生じるものだ。
不透明―――――――――→不信
「あいつは何をするかわからへん」
そのように思われているから、相手に不信感を生じさせ信頼を勝ち得ないのである。
とすれば、何をすればいいか。

■不透明な部分を透明化すればいい。
不透明―――――――――→透明化
すなわち、自衛隊がいかなるケースにいかなる活動が可能なのか、憲法あるいはその具体化である法律に明確化するのである。
つまり憲法9条の改正である。
不明確な文言―――――――――→明確な文言

歴代自民党政権は、憲法解釈により曖昧なままに自衛隊の活動を拡大化させていった。
小泉内閣もその例外ではない。
例えば集団的自衛権
政府は集団的自衛権の行使を認めていない。
保有は認めているが行使は認めていないのである。
保有―――――――――○
行使―――――――――×

■しかしである。
「後方支援」という名の下に、事実上集団的自衛権の行使を行っている。
政府の解釈では行えないはずの集団的自衛権の行使を、事実上行っているのである。

■後方支援?
アホか。
後方支援とは、正確に訳せば「兵站」のことである。
英語では「logistics(ロジスティクス)」
防衛庁は国民を誤魔化すために「後方支援」と訳している。

■兵站とは、軍事物資(武器、弾薬、食料、燃料、兵員など)の確保・管理・補給のこと。
まさにこれは純然たる戦闘行為ではないか。
誤魔化しはやめろ!

■護憲派の皆さん。
事実状態を無規定に放置する方がよっぽど危険なんですよ。
打ち出の小槌の如く、如何様にも解釈できる憲法のほうがよっぽど危険なんですよ。

■憲法9条を改正するべきです。
文言を明確化して「できること・できないこと」を明らかにし、自民党的なズルズルの誤魔化し解釈に歯止めをかけるべきです。

この記事が面白かった/興味深かったと思った方は→人気blogランキングへ
[PR]
by asatte_no_houkou | 2006-03-08 14:03 | 日本国憲法を考えよう